箱庭で遊ぶ日々

よく考えながら生活していくために

96歳 父のこと

大正14年生まれの父.施設で機嫌よく過ごしてくれている.施設での生活も,3年と10ヶ月を超えた.施設の方々にも良くしてもらっていて,特に心配なことはない.

ここ数ヶ月,体重が落ちていると担当者が教えてくれた.栄養ドリンクのようなもの2を与えても良いのか,との話とともに.

難しい問題だ.栄養剤の摂取は,延命になるのかどうか.消極的な延命にあたるのか.年をとって,次第に栄養を取れなくなって体重が減っていく.体力が衰えて,筋力も落ち,免疫力が下がり,心臓も元気よく動かなくなり,そして,ある朝が,そっと近づいて来る.

そんな予感の中で,父は毎日を淡々と過ごしているのだろう.他の入居者や介護してくれる方たちとのやりとりを楽しみながら。

 

最近,父が私に話をしてくれた歌を2つ.8時前後に電話をした時に,「ちょっと,調べてくれる」といって,短歌を読み始める

 

3週間くらえ前だったから,

  柿くえば 鐘がなるなり 法隆寺

正岡子規の俳句である.法隆寺でいいんだっけ,というような問いだったと思う.

法隆寺に鐘があったのか,記憶になかったらしい.古文の苦手であった私は,この句も正確には覚えておらず,その背景なども全く知れない.早速,電話をかたてに目の前のパソコンで検索してみると,どうも,法隆寺の鐘の音ではなく,東大寺の鐘の音だったらしい.父にそのことを伝えると,新しい発見として,とても喜んだ.正岡子規が,従軍記者として大陸に渡っていたこと,もともとは武家の出身だったことなどを教えてくれた.正確には,「〜だったと思うけれど,」と私に確認して欲しがったのだ.

自分の遠い昔に覚えたことが正確だったことに,とても安心してくれる.

 

そして昨日は短歌についての問いだった

「『きさらぎ』の正確な意味を教えてくれる?」

「うん,如月のことで,いいの? 2月のことだよ,弥生の前だよ」

「えー,じゃ,寒い時期じゃない.こんな句があるんだけど,そんな寒い時期のことか,,,

 願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ

 

「如月は,旧暦だから,現在の3月中旬らしいよ」

「あ〜,そんなんだ.ありがとう.この句が,以前から好きなんだよ.

確か,西行の本名は,佐藤義清じゃない? 女の人を好きになって,そのことで出家したんだよね〜」と父.

そんなに詳しく,よく憶えているな〜と関心してしまった.

父の記憶力に感心している自分は,ちょっと情けないないなと思う.

父にとっては,当たり前のことなのかも知れない.

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