5日ぶりに施設の父に電話をしてみた。92歳で施設に入る際、携帯電話の使い方を覚えてもらってつくづく良かったと思う。施設訪問の機会が制限される昨今では、誰にも気兼ねをせずに声を聞ける重要な手段となっている。声の調子から、心身の状態をある程度推測できる。
30分ほど、covid-19感染の世界的な拡大の話、故サッチャー元首相が語った鄧小平への失望の話、地球温暖化の影響によるツンドラ地帯の異変の話などしていると、ロシアがキーワードとなったのか、父が歌を歌い出した。
雪よ氷よ 冷たい風は
北のロシアで 吹けば良い
「子どもながらに、随分、ひどいことを歌にするもんだと思ったよ、『ロシヤに吹けば良い』、とは」と父。
そして、はりのある声で、楽しげに、最初から歌ってくれた。
わたし十六 満洲娘
春よ三月 雪どけに
いんちょうほうが 咲いたなら
お嫁にいきます となり村
ワンさん 待ってて ちょうだいね
...
よく覚えているものだ。
帰宅して調べてみると、作詞石松秋二、 作曲鈴木哲夫、歌服部富子で、1938年にテイチクから発売されている。
明るくて楽しげで、どこかコミカルなメロディーと歌詞。
日本人の考える支那っぽい演奏と音階が盛り込まれている演奏だ。
時期的には、満洲事件にはじまる本格的な日本人の満洲入植が推進された頃だ。この時期の歴史については、高校の世界史でごく簡単に学んだ程度の知識しかない。日本が行った植民政策の1つだと考えると、とても興味深い時代だ。
父が、八十年以上もの間、歌詞もメロディーも記憶にとどめているのだと思うと、なんとも感心してしまう。十代の記憶力の良い時期に歌ったからか、それほど大流行したからか。今も、父と同世代の方は、同じように歌われるのだろうか。